熾烈!灼熱!体育祭
ある日のホームルームにて。
「えー今日のホームルームでは、来月に行われる体育祭についてだ」
異常にスタイルの良い、我がクラスの担任教師が言った。
――小ヶ田 美沙子(おがた みさこ)年齢不詳。この学校の生徒からは、「巨乳」どころか、「魔乳」と恐れられている数学担当の教師である。
アルコール系のものが好きで、金銭のほとんどをそっちに使っているそうだ。
しかし、タバコは嫌いらしい。
性格の方はあまり良くない。一部の生徒の噂によると、鞭を使ったり、そこまで熱くないローソクや、妙に角ばっている木馬を使ったりする店で、黒くてテカテカしている服を着て商売をしているとか。実際、こんな人間が教師になれるわけがない。噂は噂か。――
「もう、皆知っていると思うが、この学校の体育祭は最低でも一人二種目の競技に参加しなくてはいけません」
「二種目ねぇ。どうする、永田」
「河野、どうするってどういう事だ」
「面倒だから同じのにしようぜ」
たしかに、そのほうが楽そうだな。ほかの生徒たちも同じようなことを考えているのだろう。ざわつく教室。
「あんた達、うるさいよ!」
バンッ。と教卓を叩く小ヶ田。
「ちなみに、これが決まるまであなた達は、部活に行くことも帰ることもできません」
えーっ。クラスが声をそろえて言った。
「いい、早く帰りたいのは私も同じなの。さっさとこんな物を決めて家に帰りたいの」
「家に帰って、ビール飲んで。飯食いながら、ビール飲んで。風呂から出たら、ビール飲んで…」
飲んでばかりじゃないか。体を壊すぞ。
「そんなに飲んでばかりいると体を壊しますよ」
江崎が少しダルそうに言った。
「江崎、ありがとう。しかし、安心しなさい。私は全然大丈夫だから」
「はぁ…」
「よし、さっさと決めるわよ。えーと、出席番号の順番でいいな」
はっ?
「ちょ…」
「よし、決まった。もう帰っていいぞ」
おいおい、そんなんでいいのか。
次の日。小ヶ田はかなり真面目な顔つきでホームルームを始めた。
「えー皆に言っておかなければならないことがある」
一体どうしたんだ。
「今回の体育祭。負けられなくなった」
何言ってるのこの人。そんな空気が立ち込める中、小ヶ田は続けた。
「実は昨日、三組の担任の山田から電話が掛かってきたんだ。私、その時かなり酔っていてあまり覚えていないんだが、どうにも山田と賭けをしたらしく、もし、二組が三組に負けたら、丸一日山田とデートすることになってしまったんだ」
なんだそれ。自分が悪いんじゃないか。
「あんな筋肉馬鹿と丸一日だぞ。考えただけでもゾッとする」
周りを見ると、どうやら女子の心は掴んだらしい。
「あの、もしかして丸一日というのは…」
クラスの女子の一人が恐る恐る聞いた。
「ええ、もちろんお泊りつきで」
キャー。などという悲鳴に近い声があちこちから聞こえた。
「そんなわけですまないとは思うが、種目選びから考え直そうと思う」
一からしっかりと種目を決めなおす二組のメンバー。
「よし、これでいいわね。さぁ、今日の放課後から早速練習するわよ」
何だって。
「三組の山田は体育の担当だ。脳ミソまで筋肉で出来ているような男でも体育祭ともなれば、侮れないだろ」
おいおい。
「いい、全員参加よ。もし来なかったら、とてもキツイお仕置きが待っているから」
ピシン!
どこからともなく取り出した鞭を慣れた手つきで撓らせる小ヶ田。
あの噂、本当かもしれないな。
放課後、本当に練習をすることになった。
「何で俺たちがここまでしないといけないんだ」
河野に聞いてみた。
「ああ、まったくだ」
「おい!そこの二人、さっさと集まれ!」
小ヶ田が叫んだ。まったく。自分で蒔いた種だろう。自分で刈らないでどうするんだ。
「よし、これで全員か?」
「いいえ、武田と中島が居ません」
クラスのリーダー的存在である、学級委員の委員長が言った。言わなきゃ良いのに。
それにしてもこの教師は、まだクラスの生徒を覚えていないのか。それも問題だと思うのだが。
「そうか、フフフ・・・」
なにやら不敵な笑いをする小ヶ田。あいつら、明日大丈夫かな。
「よし、早速はじめるぞ。まず、種目ごとに分かれろ」
指示通りに動く俺たち。
俺がなった種目は、「男子200m走」と「二人三脚」となっている。しかし、この二人三脚なのだが、体育祭事には「男女で密着!ラブラブ競走」などという訳の分からない名前となっている。なんでも昔、この学校に居た体育教師が「この二人三脚、男と女で組ましたら面白いんじゃね」と言ったのが始まりだとか。
「よし、お前たち。残り約1ヶ月、たとえ雨でも嵐でも、練習を怠ることは許さないよ!何が何でも3組に勝って乙女の純情を守るのよ!」
「お・・乙女の純情?」
つい、口が滑ってしまった。
「あら、何かしら永田君?」
「な、何でもありません!」
「よろしい。それじゃあ、はじめるよ」
こうして、「乙女の純情」を守るための体育祭の練習が始まった。
「永田ー。体育祭まであと何日だ」
「あと、2週間くらいじゃなかったか?」
あれから、毎日練習を続けている俺たち2組は、時間の経過が分からなくなっていた。
「最近は、毎日が体育祭みたいで疲れたぜ」
確かにそうだな。それに、今日は授業でも体育がある日だ。最悪としか言いようが無いな。
「うわっ、今日体育あるじゃん最悪だぜー」
疲れがたまりすぎて、思考回路までこいつと同じになってしまったのか。
体育の授業になった。どうせ、ここでも体育祭の練習だろう。いい加減にしろよ。
そう思っていた。俺だけではなく2組の生徒全員が。しかし、違っていた。
「今日はサッカーをやってもらう」体育教師の山田は言った。
何、サッカーだと。
「どういうことですか」
「永田、そのままの意味さ。今日は、サッカーをやってもらう」
「山田先生、ほかのクラスは体育祭の練習をしていましたよね。どうして2組はやらないのですか?」
クラス一同、同じ意見だろう。
すると山田は、しばらく黙って俺たちをじっと見つめた。
その後、山田は口を開いていった。
「お前たち、もう小ヶ田先生からは聞いているだろう。俺たち3組が勝ったら俺と小ヶ田先生とデート出来るって」
「はい、聞いています」
「だからさ、少しでも2組の練習量を減らして、俺たち3組の勝利を確実にするのさ。なんでも、放課後練習しているみたいだがあんな練習法じゃあ駄目だ。俺が教えたいところだが、万が一って事があるからなあ」
こ、この野郎。
「おっ、何だ、お前たちその顔は。教師に反抗したら欠点食らわすぞ。ガハハ」
なんて男だ。それに、嫌な笑い方をしやがる。
「まっ、せいぜい頑張るんだな。ガハハ」
山田は俺たちから離れたところに行った。
ワナワナという空気が二組を包む。
「おい、永田」
河野は滅多に見せない怒りの表情を表していた。ほかの生徒もそうだった。
俺たちは、ここで初めて心が一つになった。
山田のあの鼻をへし折ってやりたいという気持ちによって。
体育祭本番。「山田の鼻をへし折る」ための本番である。
この学校では、組ごとに色分けされていて、1、2、3年の2組は赤、1、2、3年の3組は白というようなシステムになっている。
「本日は、晴天にも恵まれ・・・」などという校長の言葉から始まった体育祭。
担任の小ヶ田は2組の皆を集めて言った。
「いいか、私たちは絶対に負けられないよ。乙女の純情を守るためにも!」
その通り。俺たちは負けられない。山田の鼻をへし折るためにも!
「おーっ!」全員で声を合わせた。
「威勢だけは良いみたいですな」
山田か、どこから湧いて出やがった。
「はたして、威勢だけでしょうか…」
「フフフ…」
「ガハハ…」
二人は独特の笑い方をしていたが、どちらも目は、一切も笑っていなかった。
しかし、始まってみると3組と2組の力の差は歴然としていた。
「河野、やっぱり無理かもしれないな」
「そんなこと無いさ、俺が居るんだし」
河野に弱音を吐くとは。俺としたことが、失格だな。ん、河野?
「お、お前何してるんだ」
「えっ」
「お前の種目次だぞ、次!」
「そうだった、そうだった」
思いっきり、走っていく河野を見送る俺。
「はあ、ほんとに大丈夫かよ」
『次の競技は、男子800m走です』会場のアナウンスが流れる。
そして、入場してくる選手たち。その中に良く知っている男の姿もある。
選手らは自分たちの位置につく。
「位置について、よーい…」
パーン。
スターターピストルがグラウンドに響く。
軽快な音楽と共に選手らは走り出す。
2組の選手である河野はどうかというと、5組中3位という場所でがんばっている。
河野曰く、中距離が一番得意らしい。
「あれ、河野けっこうがんばってるじゃん」
「あれ、江崎か。どうした」
「私、次の100mに出るから準備してるのよ」
「そうか」
「それにしても、ここうるさくない」
俺のすぐ後ろでは、外に出されたイスの上に乗り、誰かから奪ってきたと思われる学ランを身に着けて、クラスの体育会系のクラスの生徒を集め、応援団長として頑張っていた。
『おっと、3位の赤組が2位になりました』
「ねえ、河野2位になったよ」
「だな」
俺たちは赤組で、3組は緑である。
もう駄目かと思われたが、残り半分を切ったところで、急に3組の選手がスピードを落としてきた。そして、河野はチャンスと言わんばかりにラストスパートを掛けていった。
残り、100mくらいの所でついに、1位となった河野はそのままゴールをした。
「すごいじゃない河野って。少し見直しちゃった。じゃあ私はもう行ってくるね」
「ああ、頑張って来いよ」
「分かってるって」
さて、あいつにはどんな言葉をかけようかな。
「河野すごいじゃないか。1位だぞ」
「ハハハ、見たか、俺の実力を!」
「あの河野が」皆そう思ったのだろう。河野が1位になった以降、俺たちはまるで別人になったかのように1位、2位という順位を獲得していった。
徐々に3組との順位を縮めていったのだが、障害物競走でトラブルが発生した。2組の佐藤さんがハードルを飛び越えるのに失敗し、転倒。足に怪我をしてしまった。この後には、その佐藤さんと二人三脚の予定だったが、これじゃあ出来そうにもなかった。
「永田君、私、大丈夫だから」
「そんなわけ無いだろ。残念だが、二人三脚は棄権しようと思う」
「そんな…」
俺だって悔しいさ。しかし、彼女のことが最優先だ。
少し離れたところから河野も心配そうにしてる。そういえばあいつ、「早いうちから女をつくっておかなければ」とか言って佐藤にナンパまがいな事したんだっけ。人一倍他人に優しいところがあるからなこいつは。
『次の、男女で密着!ラブラブ競走に参加する生徒はグラウンドに集合してください』
もう、終わりか。そう思っていると。
「ふっふっふ、まだ終わりじゃないわよ」
「江崎、どうしたんだ」
驚く俺。
「さっき、リレーが終わった後、選手変更の手続きをしてきたのよ」
「選手変更、どういう事だ」
「次の競技は私と永田で走るって事よ」
こうして、江崎の気転によりなんとか棄権しなくてすんだ俺たち2組は、グラウンドへと足を運んだ。
「大丈夫なのか、走ったばっかりだろ」
「あんなの全然余裕だって」
「いいか、一つ言っておくぞ。絶対に、負けられないからな」
「分かっているわよ」
「位置について、よーい…」
パーン。
見事なスタートダッシュを決めることが出来た俺たちは、2位の場所につくことが出来た。
一方、3組は5位からのスタートとなった。お互いの息をいかに合わせるかが勝利のポイントであるこの競技は、俺たちの得意分野でもある。目指す目標が、完全に一つになっている点。お互い、昔からの知り合いという点。こんな俺たちが負けるはず無いさ。
走っていると、どんどんとペースが上がっていく。それに、一切疲れを感じないのだ。
知らないうちに、前を走っていたペアを抜かし1位でゴールしていた。
「やっぱり私たちって、最強でしょ」
息を荒くしている江崎の顔には疲れの表情が出ていた。だが、それ以上に喜びの表情が現れていた。
「ああ、そうだな」
この二人三脚では2組が1位、3組が5位。という結果により、大きく差を縮めることが出来た。
次で最後の種目なこれで決まるのか。
最後の種目は、大縄跳びである。時間以内にどれだけの回数を飛べたかを競うものだ。
「最後の種目、これを3組より飛べたら私たちの勝ちだ。絶対に負けるんじゃないよ」
大丈夫。俺たちは今、心音すら同じになるほどに、一体化しているのだから。
「よーい…」
パーン。
どんどんと回数を増やしていく2組。だが、思っていた以上に3組が飛んでいる。徹底的に体に覚えさせたのだろう。
パーン。
終了の合図だ。
回数の少ないクラスから発表されていく。
3位の発表が終わったが、2組、3組共に名前が挙がらない。
『大縄跳び、1位・・・』
『2組!』
そのとき、俺たちは喜びに包まれた。体育祭などの行事でここまで嬉しかった事なんて一度も無かった。しかし、今回はとても嬉しかった。
閉会式の少し前、あの男が現れた。
「小ヶ田先生。忘れていないでしょうね」
「何がですか?」
「デートの件です」
こいつ、まだ言っているのか
小ヶ田は会話を続けるようだ。
「ええ、もちろん覚えています」
「そうですか、ならよかった」
「どうしてですか」
「確かにあなた達は、学年の中の1位になった。しかし、体育祭の順位は1年から3年までの合計で結果が決まるんですよ」
そうだった。3年の赤組はボロボロだった。くそう、やっぱり駄目なのか。
「――そうですね。結果を待ちましょう」
と、落ち着いた感じで小ヶ田は言った。
「ええ、そうですな。ガハハ」
小ヶ田はもう、諦めてしまったったようだ。俺たちは、あいつの鼻をへし折ることも乙女の純情とかいうのを守ることも出来なかったのか…
「なあ、永田。声かけたほうが良いのかな?」
「そっとしたほうがいいのかもしれないな…」
閉会式。
結果発表の時。
「えー今年の結果発表は、新しい試みとしてそれぞれの学年別の順位も発表したいと思います」
まさか。そうか、だからあんなに落ち着いていたのか。でも何で体育教師の山田が知らなかったんだ。
「1年、1位・・・2組」
体育祭が終わった後。
「と、言うわけで今回賭けは私の勝ちだよ。山田先生」
「あんなもの聞いていないぞ。俺は!」
やっぱり聞いていなかったのか。
「だって、私が決めたことだもん」
「なんだって」
自分が決めた。小ヶ田、一体なにをやったんだ。
「それってどういう事ですか。先生?」
「色々な先生方に今回の結果発表のやり方についての提案を出したらね、すんなりオーケー貰ったのさ。それで、あんたの耳に入ったら取り消せってうるさいと思ったから、皆には黙ってもらっていたのさ」
「そ、そんな…」
「私たち、2組は3組に勝った。さっき校長殿がはっきりと、言っていただろ?」
おー。さすがだな。
「さーって、私が勝ったんだから私の言うことを聞いてもらいましょうか」
「そ、そんな約束はしていないだろ!」
「いいから、さっさとこっちに来るんだよ!」
小ヶ田は、巨漢であるはずの山田を片手でズルズルと掴んで、体育館裏へと連れて行った。
「――帰ろうか」
一人が、そう呟いた。
その意見に賛成した俺たちは、足早にその場から立ち去った。
明日は日曜か。ゆっくりと休むかな…
月曜日。
「皆、見て見て」
小ヶ田は見せた物は、いかにも高そうなアクセサリー類だった。
「学校でも着けたいよ、本当に」
今、着けているじゃないか。
「どうしたんですかこれ?」
「ん、優しい男の人から貰ったの」
「貰った…」
その優しい男の人。今日は見かけないな、怪我でもしてないといいけど。
などと、心にも無いことを呟く俺。
よし、あと少しで夏休みか。