ストーキング作戦
木ノ下さんとはその後、毎日顔を合わせるようになった。
最初に話したしゃべり方のせいで俺は、変なしゃべり方を使わざるおえなくなってしまった。
「やぁ、また会いましたね」
と、俺。
「そうですね」
と、木ノ下さん。
「今まで会わなかったのが不思議なくらいですね」
「そうですね」
いったい何なんだこの会話は。
主な会話の内容といえば、学校での生活や、趣味などを話し続けるというごく普通の会話である。
そして、チャイムが鳴ると、それぞれのクラスへと帰っていく。
ちなみに補足。俺、河野、江崎の三人は、一年二組、木ノ下さんは、一年一組である。
教室へ戻る。
「おい、永田どういうことだ」
「何がだ」
「最近、一組の木ノ下さんと仲良くなっているっていう噂が出回っているが…」
それで最近、クラスの男子の視線が冷たく感じるのか。
「噂は噂だぞ。あまり気にするな」
「そうか、それならいいんだけどな」
危ない危ない。この男には絶対知られてはならないことだからな。お前がバカで助かったよ。
昼休み。
「さて、河野メシにするぞ」
「分かった。少し待っていてくれ」
友人らと共に昼食にありつく。
弁当を食べているとクラスの女子からお呼びが掛かった。
「永田君、一組の木ノ下さんが呼んでるよ」
なんだと。周りを見ると、男子からのものすごい殺意を感じるぞ。とくに、俺の良く知っているバカからはものすごいものを感じた。
ザワザワと、一瞬にしてクラスの空気が変わった。
「あ、あぁ分かった。今行く」
廊下に出る。
「ここでよかったんだよね、永田君のクラス」
ああ、何で来てしまったんですか。あなたは。
「そうですけど、何の用でしょうか」
「あの、永田君って嫌いな食べ物とかある」
何故そんなことを聞くのかさっぱりだが、とりあえず答える。
「いいえ、特にはありませんけど」
「そう、ありがとう。それが聞きたかったの。またね」
足早に木ノ下は帰っていった。それだけ、ですか。
俺は、嫌な空気が立ち込める中、教室に戻り、昼食を再開した。
「裏切り物め…」
変な事を言うのはやめろ河野。
今日は、放課後までいやな目で見られ続けた。全く。災難だ。
次の日の昼休み。
彼女は弁当を作ってきた。
「あの、いつもの場所に行きましょう。ここだと少し、恥ずかしいから。いいかな」
「はい。いいですよ」
ということで、いつもの場所。つまり、屋上に行った。
「永田君のお口に合うかな」
考えてみると、親以外の人に弁当を作ってもらう。なんて経験は、一度もなかったんだな。
「ありがとうございます」
自分で作ってきた弁当もあったのだが、そんなのよりこっちをどうしても食べたくなった。なので、早速貰うことにした。
「うん、とてもおいしいですよ」
「本当に、ありがとう。うれしいな」
実際、本当に美味かった。俺は木ノ下さんお手製の弁当を食した。
しかし、それからというもの毎日、弁当を作ってくる。うれしいことではあるが、さすがに何か恐怖を感じてしまうようになっていた。
そういえば、ここ数週間俺は、何者かに後をつけられている。そんな気がする。
いったい誰が、何のつもりで。
最初のうちは、学校を出てすぐの場所までしか来なかったのだが、日に日に後をつける距離が伸びてくるのだ。
しかし、俺が後ろを確認するたびに、俺の死角になる場所に隠れてしまう。
ついに昨日は、家の前までついてきた。
そんなことが続き、俺の体調も崩れてきた。
学校では、木ノ下さんに弁当を一緒に食べようと誘われ、下校中では、知らない人物につけられ。そんな毎日を送っていると、気がおかしくなりそうだ。
そんなことを、とりあえず河野に話した。
「ふーん。でも、マジで最近顔色悪いもんな」
「そうかな。それでさ、今日こそはその犯人を捕まえようと思っているんだ」
「マジかよ。やめたほうが良いんじゃないのか。危なそうだし」
しかし、俺の堪忍袋はとっくに破れているんだ。
下校中。
今日は、飛び掛ってやろうと思う。意外と行動力があるのだ。
いつものとおり、なぞの人物は物影に隠れた。
チャンス。相手が隠れたということは、向こうもこちらが見えないということ。そこをつき、飛び掛る俺。
「いい加減にしろ。この野郎ッ」
「ひぃっ。ご、ごめんなさい!」
そこに居た人物を見て、俺は驚いた。
「き、木ノ下さん」
「ごめんなさい。本当に…」
彼女は、大粒の涙を流していた。いや、謝るとかっていう問題ではない。
「い、いや、あの、何をしていたのですか」
「その、永田君の、後を、ついて…」
「とりあえず落ち着いてください」
「う、うん…」
しばらくの間、落ち着かせる。そして、じっくりと話を聞こうじゃないか。
「もう、大丈夫ですか」
「うん、もう平気。たぶん」
「それでは、あなたには聴きたい事があります。いいですか」
「はい」
「まず、僕の後をつけて何をしていたのですか」
「その、家を知りたかったの」
はぁ。家を知りたかったって。なんでまた。
「い、家ですかどうして…」
「仲良くなりたかったから…」
「仲良くって。それに、家を知りたいなら言えばよかったじゃないですか」
「そ、そんな恥ずかしいこと、出来るわけないじゃないですか」
恥ずかしいか。全く分からない。今まで経験したことない人だ。
「それに、もう、私なんて嫌いになったでしょう。こんな女だったのかって思ったでしょう…」
確かに驚いた。この変態ストーカー女をこのまま殴り飛ばしてやりたいとも思った。しかし、そんなことをするわけにも行かない。そこで、こんな台詞を吐く。
「いいえ。確かに驚きはしましたけど、嫌いにはなっていないですよ」
「えっ」
彼女の顔がどんどんと赤くなっていく。泣いていたこともあって、少し顔が赤くなっていたが、それよりも赤くなっていく。
「ほ、本当に?」
「はい。でも、これからはこんなことしないでくださいよ」
「うん。分かった。それじゃあまた学校でね、永田君」
彼女は、そそくさと自分の家へと帰っていった。やっぱり殴っておくべきだったのか。
俺は、ものすごい女と仲良くなってしまったのか。
結局、俺の体調のバランスを崩したのは全て、あの、木ノ下恵美一人によるものだったのだ。
この日、俺は「人を見かけで判断してはいけない」という言葉の意味をはっきりと理解した。
彼女が我が家へやって来たのは、それからすぐのことだった。